kart’s Diary

松田へ

2014年 3月17日

Rayのカートレースの最終戦って掘り起こしてみたら、2012年10月21日の松田が最終戦だった。
もう記憶も曖昧になってきている状態だけど(苦笑)最終戦は色々あって、3台でのレースで結局3位で終わり、シリーズも3位で終わったシーズンだった。

兎に角、何が残念かと云えば、台数が少なすぎると云うことだ。
3台でのレースなんて普通ならば成立しないような台数だ。
色々とアクシデントもあったりして、結果的にこの台数になってしまったものの、もう台数が少ないから、ローリングスタートも一発で決まっちゃうし、駆け引きもなにもない。
TTでの順位がそのまま結果に繋がるようなレースになるのは、台数が少ないので、各々が淡々と走ってレースが終わる状況だったから…と云うのもあった。

呆気ないシリーズ最終戦だったかなって云う印象だけが今は残っている。

その後、Rayは受験体制に入るため、カートから足を洗う(爆)


RayのライセンスはSLO。
本来ならJAFライセンスの方がいいのかもしれないけど、JAFは2年で更新、SLOは3年で更新。
当時、Rayが参戦していたレースではJAF、SLOどちらのライセンスでもオッケーだったので、SLOしか取っていなかった。
で、そのライセンスが実は2013年12月で期限切れになったのだ。

その後、3ヶ月以内であれば更新で済むと云うのは調べて分かっていた。
だが、受験の関係で、直ぐ更新は出来ない状態だったので、ここまで伸びていたのだ。

たまたま、タイミング良く、チームメイトで同い年のK飛君が、日曜に走りに行くとパパから連絡を貰っていたので、それに合わせて更新手続きも行おうと云うことにした。

大井松田は良心的で、サブドライバーは1000円で走行が可能。
現場、マシンがないRayはレンタルカートでしか走ることが出来ないのだが、K飛君のお陰でちょこっと走ることが出来た(^-^)


K飛君は当然エキスパートクラスで走っているけど、RayはそのKTで走ることは殆どなかったのでと(今までもK飛君のカートで走った経験はあるもののw)松田が今ショートコースと云うこともあって、Rayはビギナークラスで走ってみた。

今まではBSタイヤで走っていたと云うこともあり、今、K飛君のタイヤはヨコハマ。
グリップ力が全く違うので、最初はコーナーに入る時、フラフラしていた(笑)


「やっぱカートは楽しいなー」
ってRay(笑)
で、メガネ初でカートか、と思っていたのだが、なんとヘルメットがキッチキチ過ぎてメガネが全く入らなかったってオチ。
もやっとはするけど大丈夫って走っていたけど、本当に大丈夫なんか?(爆)
中のスポンジを人周り小さいものに変更しないとダメだなぁ…。


で、相変わらず兄に付き合わされているKayたんは、マイiPhoneのゲームで楽しんでおりました(笑)


2回の走行で、何とか松田のショートコースで31秒45まで縮められた。
因みにK飛君は、30秒99、流石です(^-^)


この日は、Rayのアミゴンを引き継いでくれたKI太君も走っていたんだけど、アッと云う間に抜かされました(笑)
速い〜(笑)

K飛君、K飛パパ、ありがとーでした〜♪

Rayのビレルを引き継いでくれたS吾君が来るって話だったのだけど、中々来なかったので撤収(笑)
帰りに中井に立ち寄り、Kayたんに電動カートを乗せてみようと思っていたのだが、中井はモトレースをやっていて、乗れず仕舞いでした…残念(笑)

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2年7ヶ月の戦い その2(過去を振り返る5年生の話)

2014年 2月6日

2年間厭な思いを沢山しながらも、やっと2年連続で同じだった担任から解放された5年生。

Rayは今まで一度も担任が男の先生に当たったことがなかったので、いい加減男の先生がいい…とずっと話していた。

5年生は初めて男の先生が担任になったので、Rayは4年の時とはうって変わって毎日不満もなく学校に通うように。
唯、Rayの学年は特にやんちゃが多い学年で、今までも色々な問題を起こした生徒が多々居たのだが、その中でも一番問題児と誰もが云う子と一緒のクラスになった。

3年生の夏休みに入って早々、金銭が絡むトラブルに巻き込まれかなり厭な思いをしたので、もうホント、その子には近づくな、ぐらいの勢いで人間関係を築くように…と話していた。

Rayの通う小学校の過去を振り返ると、大体3〜4年生で色々なことが起こるものの、みんな5年生になると落ち着いてくる…と云う話だったけど、Rayの学年だけは違うようで、あちこちで小さなトラブルは相変わらず起きているようだった。

5年に入り、塾でも定期的に面談があり、受験するかどうかの意志など聞かれていた。
私も色々と情報を入手して、Rayも受験してみたい…と云う話を仕始めてきたので、一応受験する…と云うことは塾の先生には伝えていた。
唯、金銭的な問題もあって、我が家は私立受験をすることが出来ないと云うことをRayにも話していた。
国立か公立中高一貫か一般的な私立受験と違って選択肢は少ない。
どちらにしろ、私立とは違って、内申も関係してくる。
色々と調べて行くと、5年生の後期と6年生の後期の内申が必要とのこと。
Rayが通う小学校は前期と後期の二期制で、評価はABCだ。
だが、Aは滅多に付けない学校らしく、余程天才的に出来る子じゃない限りAは付けないと聞いていた。
3〜4年の時は、それでも図工や音楽はAが多かったが、5年の前期ではAはなくなった。
CはないがAもない。
可も無く不可も無く…。

内申は授業態度や提出物などもかなり関係してくる。
そして、Rayはその頃、塾の宿題が多くていっぱいいっぱいと云うこともあり、学校の宿題が疎かになりがちになっていた。
提出日に提出しないことが多々あり、そうすると黒板に提出していない生徒の名前を書かれるのだが、いつも最後の最後までRayの名前が残っていると云うことが多々あった。

面談でも先生に勉強には熱心な方、唯、お喋りも始まると喋ることが多く、提出物が出ないことが多い…と注意された程。

これはイカン。
普段の生活態度も確り見られていて、宿題をやってないと、それがあゆみ(通知表)に反映されるんだよ、と再三云っていたが、中々治らなかった。

5年に入り、塾は週2日だったのが、土曜が加わり週3日になった。
土曜は組分けテストが行われるようになり、月に一度は塾ではない会場で普通に受験の時と同じように模擬試験を受けるようになった。
それの結果で、毎月塾の席順が決まる。
Rayが通っていた塾のクラスは私立受験科だったのだが、その中にもランクがあり、月一の模擬試験の結果でBからA、AからSへと上がっていく。
その他に御三家の専門クラスもあった。
Rayは当然Bクラス。
各クラスにも更にランクがあったので、RayはBの一番下のクラス。
その中でもいつも成績は後ろの方だったので、いつも席は後ろのドアの傍の辺りをフラフラしている状態だった。

5年の後期に入って、案の定、前期のあゆみの結果は可も無く不可も無くだ。
後期は内申に拘わるので、提出物は絶対忘れないで提出期限に必ず出すように…と再三話していた。
それでもたまに出していないものもあったようだ。
面談の度にそこは先生から云われ続けた(苦笑)

その頃には、もう大体どこを受験するのか…と云うことは固まってきていた。

今は私立受験科に在籍しているが、6年生になれば、土曜のYTが公立中高一貫クラスへと変更になる。
そのクラス(Zクラス)は地元の塾ではクラスがないため、6年生に入ったら、地元の塾ではなく、電車に乗って3駅先にあるZクラスがある塾へと転科することになっていた。

今まではMTBで駅まで行って、そこから徒歩で塾に通っていたが、6年生からは駅まではMTBで、そこから電車通塾することになる。
一人で電車に乗って通ったことなどないし、知らない子ばかりの所に通うことになるので、最初は不安がっていたが、子供は順応するものだからあまり心配はしていない。

学校の方は兎に角提出物を、と口が酸っぱくなっても云い続けていたが、4年の時よりはマシになったものの、忘れず提出すると云うことは出来ないままだった。
後半に入ってからは、クラスの問題児に先生がかかりっきりになりつつあって、恐らくストレスだろう、暫く担任の先生が休んだりすることもあったり…と色々あった。

6年に入ったら、カートをやっている場合ではないので、カートは5年生で一端終了と云うことはRayも納得していた。
だからカートもシリーズチャンピオンを獲るチャンスはこの年が最後だったのだが、結果はやはり4年の時と同様でシリーズ3位で終わった。
カートのレースがある時は土曜の塾は休むことになっていたが、流石に6年生になってカートを続けて受験と云う器用なことは出来ないと思っていたし、正直カートなんてやっている場合ではないだろう…と云うのが正直な所だ。
宿題を終わらせなければカートにも行かせないと話していたが、どうしても終わらない時はカート場に宿題を持って走行待ちの時間の時にやったりもしていた。

結局、本人は頑張ったと話していたが、内申に拘わる5年後期の内申も可も無く不可も無い結果だった。

6年で挽回しないと内申点が低いとそれだけ受験で高得点を取らないと合格は厳しいとRayには話したが、果たして6年の成績はどうなるのか…。

塾は1月で学年が終わり、2月から新学年度が始まる。
1月末から2月頭までは、塾の先生は受験生にかかりっきりになるので、Rayの新6年生は2月中旬から始まった。
その時から今まで通い続けていた地元の塾から3駅先の塾へ転科したので、今まで20時過ぎには帰宅していたのも、早くても20時45分頃。
居残りをしたりしたら21時を越える帰宅と云うことも屡々。

まぁ家は男の子だから心配することもない。
兎に角事故には気を付けるようにと云うことと、怪しい人には近づかない、何かあれば叫んで助けを求めろ(笑)と話していた。
女の子のママは、駅まで迎えに行ったりしていたから大変だよなぁ…と思った。
そういう所は男の子だと楽だな(笑)

最初は知らない子ばかりだから緊張もあったようだが、そのクラスは周囲のあちこちの小学校からみんなが通ってきているので、Rayと同じ学校から通っている子は一人しか居ない。
でもみんな色々な所から来ているのだから、さして気にすることもないだろうし、勉強する場だから、学校のように何かある…と云うことはないから心配はしていなかった。

新6年生度に入ったので、いよいよ志望校を確定しなければならない。
先生は横浜市内にある学校を薦めてくれていたのだが、そこは偏差値も高いし現状のRayでは絶対合格なんて無理と思っていたので、家から通うにも1時間もかからないと云う理由もあり川崎市にある学校を志望校にした。
唯、その学校、2014年度に開校するので、過去問題もないし学校そのものの情報もない。
唯、高校は前からあり、そこに中学校が併設される併設型なので、高校の偏差値から考えると、恐らくこれぐらいだろう…と塾の先生からは聞かされていた。
まだそちらの方が合格する可能性はありそうだし、再三先生は市内の学校を薦めてくれていたんだけどねぇ…。

だが、6年生の夏に大どんでん返しが起きる訳だ(苦笑)

と云うことで、6年生へと続く。

熱中症

2013年 7月9日

自分も去年までの真夏は過酷だったなって思う。
と云うのも、去年までは真夏でもレースに参戦していたので、レース前はサーキットで一日中練習していたので、走っているRayが一番しんどかったと思うけど、ずっと待っているKayたんや私もヘトヘトだった。
サーキット場には必ずポカリ2Lと水筒にも入れてKayにも持たせたし、兎に角塩分必須! と毎回キュウリの浅漬けを持って行って半ば強制的に食べさせていた(と云っても、RayもKayも私も漬け物は大好きだから全く苦にはならいのだがw ダンナはキュウリも漬け物も嫌いだから食べてなかったけどね…)ので、頭が痛いと云う軽い熱中症レベルで済んでいたけど、梅雨明けしてからここ数日、毎日35度とかあり得ない気温が続く。

もう電気代云々云っているより健康第一、と思い、自分一人の時は午前中は窓全開にして何とか凌いでいるけど、お昼ぐらいからはもうダメだね。
Macが熱暴走する(爆)
メインマシンをノート型のMac Book Proにしてから、兎に角熱が一番の天敵になり、Macのために半ばエアコンを入れているようなものだ。

唯、ロフトベッドに寝ている子供達は兎に角暑苦しくて寝られないため、もうどの部屋でもエアコン入れて寝てよし! と云うことにした。

それでも朝は窓全開にしているため、Rayが起きてきてリビングに来た瞬間「暑い」と云うことも屡々。

その上、元々頭痛持ちなのが、この暑さで軽い熱中症になっているようで、頭痛が頻繁に起こっている。
兎に角麦茶を沢山飲ませて涼ませる。

Rayは学校側も水道の水を飲み続けるのはどうか…と思う親も多いので、真夏の間は水筒持参がオッケーだし、首に巻くクールタイプのバンダナもオッケーなので、登校時使っているけど、幼稚園は制服があって、真夏でも最低2枚は着せないとダメだし、上に着るスモックの生地が密度が高めで風通しが悪いので、いつも帰ってくる時、真っ赤な顔して帰ってくる。
小学校も去年の9月からやっとエアコンが付いて、今年はエアコンを入れて貰えているみたいだが、去年までは扇風機しかなく、真夏の暑い教室で勉強だなんて、今思うだけで良くそれでみんな覚えられたなって思う程だ。

幼稚園は私立で月謝も高いから当然冷暖房完備だが、水筒は先生たちが管理するのが大変だから持たせてくれない。
お昼は麦茶が出るけど、それ以外は水道の水なので、生温い水だけしか飲ませて貰えないのはどうなのかしら…と。

まぁ幼稚園の場合、何かあれば直ぐ連絡が来るだろうし、万全を期しているだろうから大丈夫だろうけどね…(苦笑)

キッズカートのサーキット攻略PDF

2013年 6月12日

Rayがキッズで走っていた頃、どうにもライン取りやブレーキングを教えるのに苦労した。

サーキットでは親切にコースのコピーを配布してくれるので、それにラインを書いて教えていたのだが、それでもまだまだちゃんと走れず(苦笑)
仕方がないので、サーキットのコースをIllustratorで起こして、必要なことを書き込みPDFにして、プリントして使っていた。
これだとビリビリに破れたり汚れたりしても、データ化しておけば、何度もプリントすれば使えるから。

既にRayはキッズを卒業しているので、もう必要ないしな…、当時一緒に走っていたメンバーもみんなステップアップしたり、カートを卒業したりしているので、もうこのデータは使うことはないだろう…とニチジョウサハンジをリニューアルした時、敢えてDLのページは作らなかったのだが、今年のBS全国大会のキッズのエントリー台数が久々に多くて、攻略が欲しいと云う声をちらほら聞いたので、欲しい方には申し訳ないけど、リニューアル前のサイトのURLを直叩きしてくださいと教えていたのだけど、それだと何時まで経っても古いサイトのデータを削除出来ないよ、ってダンナが。

確かに(笑)

と云うことで、新しいこちらのサイトに作っておきます。

カテゴリーでDownloadを選択してください。

カデットのライン取りは、キッズの時使っていたものに手書きで書き加えたりして使っていたので、カデットやMINI Maxの時のライン取りデータはありません(苦笑)
ステップアップした時は、このデータに書き加えたりして使ってください(笑)

18:34 カテゴリー:kart's Diary | コメント(0) »

ジャパンカート 2013年3月号

2013年 2月14日



2012年度のシリーズ表彰のことが出ているらしいので購入しなければ!(笑)

16:29 カテゴリー:kart's Diary | コメント(0) »

久々のラー

2013年 2月10日

__.JPG連休、久々にラーに行った。
新しいコースになってからは初。
タイムは出なかったけど、それなりに楽しんだようだ。

久々にT大君一家とw

iPhone5から送信

17:38 カテゴリー:kart's Diary | コメント(2) »

シーズンの終わり

2012年 10月24日

10月21日にRayの今年の最終戦が終わった。
頑張ったけど、結局の所3位。

シリーズも去年同様今年も3位で終わってしまった。
去年以上に今年は台数が少なかったせいもあって、ちょっと淋しいシーズンではあった。

詳しくは追々ちゃんと書きます(笑)

今年一年、応援してくださったみなさんありがとうございます。

来年は…ちょっとのんびり行こうと考えてます(^-^)

17:58 カテゴリー:kart's Diary | コメント(4) »

風邪

2012年 10月17日

元々Kayが一番最初に風邪に。
気温の変化に対応出来ず…と云うのと、幼稚園で風邪になっている子から移った状態で。
そこから一端Rayに移り、そして自分にループ。
一緒に寝て居るダンナに私から感染…と家庭内で風邪菌が蔓延している状態に。

早めに風邪薬を飲み続けているが、気温の変化に体が付いていけず悪化。

昨日から声がガラガラカスカスになり、咳も酷い。

職場は接客業なのに、マスク厳禁なので、聞き苦しい声の状態のまま接客。

人手が足りない状態で、産休に入っている社員まで借り出されている状態と云う(苦笑)

子供がRSウィルスやマイコに感染して一週間休んでいる人も居たり…と、人手不足に拍車がかかっているので、聞き苦しい声でも仕事をこなさなければ…と云う悪循環。

何とか業務をこなし、よれよれになりながら帰宅したが、明日はやっと休みと云うこともあり、張り詰めていた糸が切れたか、風邪でダウン。
夕方から気がついたら寝ていて、熱を計ったら6度5分…。
元々基礎体温が5度2分ぐらいと低体温なので、この体温は微熱状態。
どうりで体がだるい訳だ。

明日は一日休みなので、この一日で何とか回復して金曜出社しなければ。

週末はBS最終戦。
優勝しなければチャンピオンが獲れない。
出来る限りのことをして、何とか気持ち良く今シーズンを終えたい。

20:28 カテゴリー:kart's Diary | コメント(4) »

ブレーキパッド

2012年 8月10日


ブレーキパッド…
レース前に頼まないとね…

プロμは初めてだけどどうなんだろう…

13:14 カテゴリー:kart's Diary | コメント(0) »

榛名ね…榛名…

2012年 7月19日

アップしなくちゃって分かっているんだけどね…画像処理するのも厭になってきているって云うか…

早いとこ上げないととは思うものの、仕事も始まって色々と精神的に疲れている感あってか、中々作業が進まないのが現状です。
もう暫くお待ちを。

22:41 カテゴリー:kart's Diary | コメント(0) »
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